ホンキキおはなし会から一夜明けたさわやかな朝。
弊社富田が足立さんへのインタビューをさせていただきました。
これはその記録です。
1時間にわたって、おはなし会では語りきれなかったことを
本音で語っていただきました。
富田が足立詩果さんの在り方に迫ります。
実に読み応えがあります!!!
長いので3部構成にてお届けいたします。
どうぞごらんください。
ホンキキインタビュー
2008年5月26日
語り手:足立詩果(マイルストーンデザイン)
聞き手:富田欣和(インナーライズ53)
ISSUE 1 「かぶせる」というコミュニケーション
(株)インナーライズ富田(以下富田):
きのう知り合いの上場企業の役員さんからメールがきて、「この(インナーライズ53の)サイトには感動した~!」って。「このサイトを作ってくれた会社は本当に富田さんのことを分かってくれてるんだね。」と大絶賛のメールをいただいて、僕に対する絶賛かな~と思ったらどうやら完全にマイルストーンさん側への大絶賛のメールでした。
マイルストーンデザイン足立詩果さん(以下足立):
わー、伝わるものなんですね
うれしいー!!
実はサイト制作の現場はわたしの手は離れるんですね、ある程度。デザイナーのクオリティやセンスに任せるところがありますから。それもスタッフがずっとメーリングリストに入っているし、やり取りや電話で話している様子をみて、摑んでくれていたからそんなにズレなかったというか。こっちで話をしていて電話でずいぶん違うことになるっていうのがないので、安心しています。受注する前からこういう話があるんだっていうことをスタッフと一緒に相談することにしていて、そうするとなんとなくわかってくるんです。
それがなに?ってことじゃなくて、実制作の段階が進んでスタッフの現場作業になりましたってときに、そんなに説明がいらないんです。この人ってこういう人だよ、っていうところから話す必要が一切ないですね。
富田 それって昔からそういう感じだったのですか?
足立 いえいえこれもプロセスはあって。もうちょっと役割を切り分けていましたね。
富田 それは足立さんが入ってからも?
足立 しばらくは。でも、最初わたしがWebに関して知識がなかったから、そのときにはその都度聞いていました。結局ひとりの力ってそこまでない、というか限界がある。2人いたら、1+1=2、ないしは3、4になれるから、ひとりで抱え込まないようにしよう、ってある時から思うようになったんです。
富田 普通制作会社の規模にもよると思うのだけど、完全に概要書的なプロジェクトの企画書があって、工程表があって、誰はなに、誰はなに、あなたはどんなパーツをつくって、みたいなガチっとやってもうその仕様書どおり作ったらイイじゃないっていう形で進むことが結構あると思うんですよね。
足立 人数やボリュームが多かったらそうですね。
富田 でもマイルストーンさんの場合は人数の多さ少なさはあると思うけど、他の会社だったらすごく難しいコミュニケーションの選択をしてますよね?摑んで!とか感じて!とかそのあたり汲み取って!!みたいな(笑)。でもそれがすごくスムーズにいっているわけですよね?
足立 一旦この体制が出来たら、困ることが少なくなってきたというか。言い忘れ、伝え忘れとか、「あれ、それ報告なかった!」とか、そういうことは問題じゃないというか。根本があるから「あ、それごめんごめん、言い忘れてたけどこうなんだ!」って言っても、「あ、そうなんだ」っていう。お互いにすごく心地よく出来る。仕様書があってガチガチでっていう当然そういう仕事もあるんだけど、ページ数が多いとか、人がイッパイ絡むとか、そういうところの伝え忘れは大きな問題になるし、言葉には出来ない「こんな感じ」っていうのが非常に伝わりにくい。というのはあると思うんです。でも、難しくて。うちはじゃあもう逆手にとって、やりやすいようにするためには、先に役割をだいたい分けるんだけど、かぶる部分を作ろうというのをやっていくことにしました。
富田 は~。逆に、切り分けもするんだけど、かぶる部分も作っちゃうわけですね。
足立 それを役割のうちに入れてしまうというか。だから「おれ、それ聞いてないからしてない。」じゃなくて、「聞こうとしていたか?」みたいなことってあるじゃないですか。それを役割にいれて、わたしはディレクションをするんだけど、スタッフもディレクションをするつもりで一緒に流れを見ておくとか。Robin(※マイルストーン代表取締役和田氏)もスタッフも全員そうしてきました。今までずっと指示を受けたことに対して一生懸命するって感じだったけど、指示がなくても動いてもらえるようになったのは、かぶることを意識してからかな。
富田 各プロジェクトごとかもしれないし、マイルストーンさんっていう会社に限ってのことかもしれないけど、根本の部分を共通で持っているっていいましたよね?それがないと一瞬にしてバラバラですよね?
足立 バラバラ、成り立たないですね。
富田 それはマイルストーンさんとしての根本はみんなある程度持ってるってことなんですよね?
足立 そうです。そこまでのステージにいくには月日が必要だったけど、コミュニケーションかなあと。
富田 わが社のミッションはこうである、とかわが社のクレドはこうである、みたいな文章化されたものは別にあるわけじゃないんですよね?
足立 一応あるんです。
富田 あるんですか?ほ~。
足立 だけどあんまりとらわれてないと言うか、最初は和田が考えて、これでいいかなーみたいなベースはあって、でもだんだんと違うよね、とか、これちょっと変わってきたよね、というのをなるべく柔軟に変えてきたという感じです。
富田 現場で仕事をしてゆく中で、そのプロセスじゃないけど話し合われたことの方が結局大事だったりするのでしょうか。
足立 そういえば最近ミッションって変わってきたよねー、そうだねーみたいな、そういうノリ。方法がすごく変わったというわけではなくて、ひとつの道はもうあって、だんだん肉付けされたり、微妙な軌道修正をしたりと、そういう感じですね。
富田 最初からガシっと、これでいくと決めて、もうこれはゼッタイ変えないみたいな感じでいくぞ~っていうよりは、多少柔軟に?
足立 そのほうがわたしたちはやりやすかったし、仕事だけどつらい感じにしたくなかった(笑)
富田 たのしく、ゆるゆるな感じですか?
足立 そうそう。たぶん下手すればスタッフは家族より恋人より友達より一緒にいる時間が長いですよね。だからなるべく心地よく、というか。極端に言えば、歯医者さんに行きたいときは行けばいいと思うし、遊びたいときは遊べばいいと思う。やるべきことはやっていて、きちんと出来ていれば。それくらい柔軟でいたいんです。
富田 それは足立さんがある種頭になって作っていったんですか? そういう雰囲気というか。
足立 うーん。一時期、みんながいろんな方向を向いちゃったときがあって、自分だけ大変~!みたいな雰囲気になって。ちょっとまずいと思って、それがきっかけです。だから、ほんとに頻繁にお茶会をしました。
富田 お茶会?
足立 そう、うちはみんな呑まないし、夜はなるべくプライベートな時間も大切にしたいと思うから、強制的にどこかへ連れてってどうのってことはないけど、お昼一緒に会社でみんなでギョーザ大会するとか、バーベキュー大会するとか、3時になったらケーキとかどら焼きとか、なんでもいいですよね、何ならスナック菓子でもいい、ひとつのテーブルに集まって、30分でもいいから話をするっていうのをほんとに頻繁にやった時期がありました。あの時はたぶん雰囲気が辛かったんでしょうね。わたしはすごく辛かった。ちょうど1年前くらい。
富田 そんな最近?
足立 そんな最近。だけどそうしたから長引かなかったんです。辛い雰囲気って言うのは、みんなある程度汲んでくれたんだろうなと思います。ほんとお茶が多すぎた!仕事に支障が出るくらい多かったからそれもあるんですけど。(笑)ちょっとどこかおかしいなあと思ったら軌道修正をするというか、その努力は一応していたんです。
富田 どの方向に軌道修正をしていったんですか?軌道修正というからには、足立詩果さんがこうなったらいいよなーっていうのがあったと思うんだけど、やっぱり気持ちよくお仕事したいとか?
足立 気持ちよく仕事をすることで、気持ちよいデザインが出来る。ということは例えばクライアントさんに対して満足度が高いとか、追及してできたりすれば反応あるサイトが出来るとか、相乗効果でめぐりめぐって全体が良くなる。作る人、働く人が基本的に心地よい状態の方が、結局はお仕事の充実感であったり、売上だったりいろんな面で繋がってくると思っていて。だけど、そればっかりに追われていると人間関係ギクシャクしたりするから、人を大切にするってことを常に心において、最悪、スタッフが苦しくなるような仕事は売上が良くても涙を飲んでお断りします。
富田 それってある種、すごい決意じゃないですか?なんでそこまで人を大事にしようと思ってるんだろう、この人とかね。足立さんがそこまでスタッフのメンタル面を大事にしようというのは昔からそうだったんですか?
足立 昔は違っていました。最初は印刷会社でしたが、人なんて関係ないという世界。新人だったので言われるばかりで、何十物件も抱え、こなしても誰に褒められるわけでも喜びがあるわけでもない。ずっと密室にこもっているから天気も分からず、遅くに帰れば家族が心配してカラダもしんどい。いいこと全然ない......。そこから抜け出したくて、今までの思いから、「人がいるから自分が活きる」と感じ、そこからは虐げるようなことはぜったいしない!お互いに高めあう関係をなるべく作ろうと思いました。嫌いな人でも自分を高めてくれる人、その人がいるから自分頑張れるような人、そういうのがあって人を大切にしようと思ったし、それがわたしのしたいこと。会社がどうこうもあるけど、わたしのしたいこと。そういう仕事環境でわたしは仕事したいなあと思ったんです。
ひとりで仕事をするのは全然楽しくなかったし、だからフリーランスを辞めました。片田舎でわたしは売上が月100万円はありました。普通、同じような歳で働いていたら月25万円とかいいところです。それが月100万円もらえるわけで、経費もほとんどかからない。でもそんな額をもらっていても何の充実感もなかったんです。人生に面白みがなかった。人に会ってもしゃべるネタもなく、「今日こんなことがあってさ」っていうことが一切なくて、会ってもシーン......。相手だけがしゃべる。こんなムナシイことはないですよ。という訳でわたしは8ヶ月で廃業しました。
Issue 2へ続く!


