
ホンキキおはなし会から数日経過。
参加者からは感動の声がいくつも届けられ、
運営したわたしたち自身も、いまだにあのLIVE
の余韻という波に漂いながら過ごしていました。
そのおはなし会を経て、更に深いお話を
お聞きしてみたいと、今日は若林先生に
膝詰めでインタビューをさせていただきました!
奥が深い。
しかし繰り返されることによってその本質はシンプルなもの。
そんな印象を受けました。
今回は聞き手の富田と共に、スタッフの広岡も
参加させていただきました。
どうぞご覧下さい。
ホンキキインタビュー
2008年7月8日
語り手:若林宏行氏(ホリスティックワーク 心理セラピスト)
聞き手:富田欣和(インナーライズ53)
広岡知子(インナーライズ53)
ISSUE 1 「繰り返すことでみえてくるもの」
富田 若林さん、今日はよろしくお願いします。
若林 よろしくお願いします。
富田 先日のホンキキではすっかり若林ワールドに引き込まれました。
若林 今回のおはなしでわかったと思っている人がいたら...
広岡 ん、わかるわけがないと?
若林 わかるわけがないですねえ、1回では。正直言って。
広岡 そうなんですか?例えば難しくて最初から耳が閉じちゃうとか、ついていけないとかそういう理由ではないですよね。何故かというと、みなさんあの2時間、ぐ~っと引き込まれていたし、あっという間に終わったという印象があります。ということは、間違いなく最後まで興味深く楽しかったのではないかなと。
若林 寝ている人もいましたよ(笑)
広岡 え、うそ、いました?寝るところありましたっけ?
富田 拒否するんですよね、体が。
若林 自分と向き合っちゃうから。あの話って結構誰でもありそうな内容をやっているから、自分の似たようなケースで自分の中に抑圧しているもの見えてきちゃうと。
富田 本当に、さらっと話されているようで、相当深いプロセスが進むようにできている。ただ、あの話は1度で理解できたという人は、理屈的にはね。
若林 理屈的にはある程度わかるかもしれないけど、あれを体でというか、実際にあれが腑に落ちるところまでは、やっぱり実際にやらないとダメですね、繰り返し。
富田 繰り返し。
若林 あの仕組みなんかは本当はどうでもいいんです、はっきり言うと。でも仕組みを説明しないでそのやり方だけやってしまうと、「なんだかよくわかんないな、なんかキツネにつままれたみたい。」で終わっちゃうんでこうこう、こういう仕組みでこうなっているから、こうなるとこうなったでしょう、っていうふうに頭で理解させるためにああいう話を前段回でしちゃうんですよね。
富田 その辺はやっぱり、1回触れて2回、3回、4回と同じことを何度も何度もやっていくと、違いますか?
若林 そうですね。
富田 気付きという認識なんでしょうか、得られてくるという感じ。
若林 繰り返しが大事なんですね。今回の最大の目的は、「私はちゃんとやっているわよ。」と思いながらも、実は幻想に巻き込まれているっていうところに気付いてもらうってところなんですよね、実際。それだけわかればもういい、みたいな。もしかしたら自分って起きていると思っているけど実は寝ている可能性があるかなってとこに気付いていただくというところなんです。
富田 ですよね。よくある"付け足し付け足し"じゃなくて、"引いて引いて、削いでって削いでって"っていうプロセスだから。
若林 そうですよね、あれができなきゃしょうがないって話ですよね。
富田 あれができている人ってどれぐらいいますか?
若林 ほとんどいないですよ。というかまずそこを知ってからですよね。ただ、本当の応用っていうのは自分の人生でやっていくんですよね。削ぎ落としてその自分...よく存在としての自分と言いますけど、そういう自分になったときに初めて、今の自分として生きていくっていうところなんですよね。で、それを応用していくのは自分が今いる仕事場だったり家庭だったり、そういうところで応用していくっていうことですね。
富田 目標を立てるのも悪いわけじゃないけど、削ぎ落としていって、削ぎ落としていってっていう作業をしてから全部話すということですよね?
若林 そうですね。だから自分自身が本当に持っている能力とか、現実に自分はどうなのかってのがわかっていない段階で目標を作ってしまうということは、あのセミナーのときも言いましたけど、やっぱり恐れと不安とか、自分自身の存在意味や価値とかそういうのを見いだすために目標をというものを前提に作っているので、自分自身というものを本当にわかっている人はいいんだけど、わかっていない状況で作ってしまうと、実際には自分がなれないようなものになろうとして苦しんだり、自分自身からズレていってしまうんですよね。でも、それが社会的に成功している人とかそういう例が本とかでいっぱいあるから、これが絶対正しいって思っちゃうんだけど、実際はそうではなくて自分自身だけの方向や道があるはずなのに、そこからズレてるっていうことを全然気づかない。で、結局その目標に至ったときにかなり本来の自分の軸からズレてるし、それまでに無理もしているので苦しくなっちゃって、不幸になっちゃったりとか結構するんですよね。で、充実感はあるんだけどなんかその目標までいって幸せになって終わりかというと、またほかに何かを求め、目標を作っていかなきゃいけないというのが繰り返されちゃって...。
富田 途中で本当に苦しくなったり辛くなったとき、自分はこの道だと苦しいんだとか、これを今自分がその幻想に縛られたままこういうことを目指しているから、本来の自分じゃないものになろうとしてるから苦しいんだって気づく人は良いと思うんですが、その苦しさを人に転嫁したりするケースはありませんか?
若林 環境が悪いからとか、あと、親がこう言っていたとか、家庭環境がこうだったから、とかね。でもそういうふうにすると、結局進めなくなっちゃいますからね。
富田 ああ、結局そこで、他の周りのせいにすればするほどまたさらに、動けなくなるという。
若林 そう、動けなくなるんですよね。だからあなたは周りのせいにすることによって、どうしたいの?ってところなんですよね。過去に親にこう言われたからって言ったって、今、目の前で現実に親がいて言われているのなら苦しんでもしょうがないですけどね。今の年齢になるとだいたい親はそんなこと言ってないし、例えば年齢的にも今はその当時の親と同じぐらいなんだから、ということは、親も一緒に年をとるのだから体力が落ちていますからね。リアルファイトしたときにね、今だったら勝てるかもしれないんです。でも昔親に言われたことに捕らわれて、今をまったく見なくなるから進まなくなってしまうということですね。
富田 僕の経験もそうなんですが、ものすごい多いですよね、そういう人って。ほとんど、100人中99人。
若林 多いですね。何をやってもいいんだけど(他者のせいにするのもいいんだけど)、責任を取らなきゃいけないということをちゃんと頭へ入れながらやりなさいというんです。
富田 おはなし会のときも出たんですが、AとBというものがあってAを選ぶんだったらいいけど、Bという選択肢がないという前提でずっとAだけを選択していると、それでいいんですかと。で、A、Bが見えた段階でそれでも私はAを選ぶって言うのであれば、それはあなたの責任だからって。選択肢が見えていない状態でそれをやっちゃって大丈夫っていうんですよね。
若林 そうそう、そこでなんでそれを見たくないのかとか、どうしてそればっかり選ばなきゃいけないのかと、なんでそれに固執するのかっていうところをやっぱ掘り下げていかないと。で掘り下げていくと最終的には恐れと不安から逃げるためにあなたそれ選択しているわけって?本当にやりたいことなの?それとも不安から逃げたいためにやっているの?って話になっちゃうんですよね結局は。
富田 いろんな社長さんや個人事業主さんとか、あとは自分でサイドビジネスと言われているものを持っている人もそうなんだけども、僕が話を聞いた限りでほぼ100パーセントと言っていいかもしれないですけど、恐れと不安で選択している人って多いですよ。
若林 そこがわかって選択しているかしていないかでもかなり違ってきますからね。
富田 気付かないで、選択肢がないうちに、どんどんどんどん恐れと不安が助長していくというか。
若林 そうですよね。だって何を恐れているかっていうのがわかってないのに、なんとなく怖そうってとこから始まっているから。そうすると、実態そのものがわからないから、どんどん恐れと不安が膨らんでいっちゃいますよね。
富田 そうか。同じですよね、結局ニュートラルというか素というのかわからないけど、そこに立ち戻って
余計なものを全部削ぎ落としていってから。
若林 はい、それならまだOK、というか、セミナーで言ったかな、自転車の話。自転車なのに「自分は自動車になりたいです。なれないと自分は不幸なんです」って、「いやいやあんた自転車でしょう。」、でも「やっぱり自動車にならないと自分はダメだ」って、「いや、でも自転車でしょ?」みたいなね。で、自分が自転車だということを見ないで、自転車なのに自動車みたいに時速100キロで走ったらどうなるわけ?って話なんですよね。
富田 本当は自転車なんだけど自分が自動車だと、
若林 思いたいんです。

富田 若林さんのお話を聞いていて、ああ、なるほどなと思ったのは、カウンセラーというのはどれだけクライアントよりも自分が切られるか。カウンセラー自身が一番切られるっていうことをしなければいけない、という言い方だったかな。
若林 一般向けに言うと、結局受容とか共感と言われるように、要するにカウンセリングってそのままの自分でいいんだよってことにクライアント本人が納得できるとか、そうなれるようになることが目標ですからカウンセラーがまずそうなってなきゃしょうがないでしょうっていう話ですよね。それをカウンセラー自身がそうなっていないのにその人にやらせてどうするのって話ですよね。
富田 まず最初はカウンセラーが自分自身を掘り下げる、
若林 自分自身を掘り下げていくということをやっていくしかないですよね。そうしないと始まらない。
富田 意外とそこやっている人って少ないですよね。
若林 はい。だから多くの場合、カウンセラーとかお医者さんのように人をヘルプする仕事をしている人たちって、本当は自分自身を助けたいとか自分自身が助けられたいっていう動機から始まっていることが多いんですよね。だから自分が苦しいからその人たちの気持ちがわかるから、その人たちを助けたくなる。ということは、人を助けるということに目を向けることによって自分の苦しさから逃げていたりとか、また自分自身の問題を避けてたりとかって結構あるんですよね。そうすると何をやっちゃうかというと、苦しんでいる人の辛さがわかるから、必要以上にやり過ぎちゃって燃えつきちゃったりとか、あとは必要以上のことをやり過ぎちゃって必要以上の依存関係を作ってその人がいないともう自分は生きていけないみたいになっちゃったりとかね。そういうことを起こす可能性があるのです。
富田 いや、ある種僕もそういう経験があるんですけど、言い方はすごく悪いかもしれないんだけど、そういう同じ状況を経験して十分わかった上で、仕事のときはある種他人事のように接する、線を引くと言うのかな、一緒に巻き込まれてしまってはしょうがないから、線を引いて機械的にとか、極端に言うとそういう関わりをすごく求められるのかなと。まさに自分を掘り下げて行った結果、人をサポートするために機械的になるという、選択ができたというか。
若林 だから自分自身の役割っていうのはわかってないといけないです、やっぱりね。
広岡 カウンセラーやお医者様が自分自身が助かりたいと思うわけですか。
若林 そうそう、そうそう、そうそう。で、そういうところが、
広岡 一生懸命やりすぎたり、関わり過ぎたりして、
若林 だから引っ張られ過ぎちゃう、共感じゃなくて同感になっちゃうときがある。そのために自分自身を、まずやっていかなきゃいけないってことですよね。
富田 大事なことですよねそれってすごく。なんだろう人を援助したい、サポートしたいとか、人の悩みとか苦しみにお役に立ちたいっていう人が増えてきているんだけど、まさに同感の人ってすごく増えているような気がして。簡単に言うと怒らないじゃないですか、怒らないというか、何でもいいよいいよみたいな、あなたはすばらしいよというふうに、大事だとは思うんだけど、なり過ぎちゃったら恐いなと、共感じゃなくて、同感になってしまうっていう、それ感じますよね、最近。
若林 何でもありじゃなくてね、責任は取んなきゃいけないですからね。だから、共感か同感っていうのもね、非常に難しいんですけどね。自分の役割というのをちゃんとわかるっていうのがすごく大事ですよね。できないものはできないというのがわかっていないとね。だからセミナー中にも説明したように、小指が人差し指になろうとしちゃって余計なことをやり過ぎちゃって、かえって混乱しちゃうということも結構ありますからね。
富田 役割とかで最近よく聞くのが、自分の役割って何なんだろうかと、自分に何ができるか見つけたいんですって言う人が多いじゃないですか?以前は"自分探し"が多かったけど、最近は"役割探し"とか"使命感探し"になってる。それもさっきの指の例じゃないんですけど、どこかに探しにいくんじゃなくて今の自分の状態を認識すればわかってくるということなんでしょうか?
若林 それしかないんじゃないですかね。だって自分のできることで役割を決めてるんだから。それは、小指が人差し指に取り替えられるんだったら別ですけどね。例えばビルゲイツの肉体と取り替えられるんだったら別ですけど。どうやったってこの肉体でやっていくしかないんだから。自分ができることは何?って探していくしか、実際にはないのですけどね。私たちは指とは違って見た目はみんなほとんどいっしょで何ができるかって言ったってわかんないわけだから、実際にやっていくうちに、ああ、これがそうなのかなとかどうもこの特徴がってことですよね。というか、私はまずその前に役割がないといられないってとこをぶった切りますけどね(笑)、まずはそこからいかなきゃ話にならないです。なぜ役割がないといられないわけ?みたいなね、それですね。
富田 役割がないと、今の私はやる気になりませんとか。
若林 とかね、役割がないと生きている意味がないとか価値がない。じゃあ、生きている意味と価値って何なんですか?みたいなね。
富田 若林さんの前でそういうことを言った瞬間にぶった切られちゃうわけですね、もう(笑)
若林 まずは役割という言葉の意味を、本人がどう捉えているかをみます。
富田 若林さんのお話で面白かったのが、成長とか役割とか全部いっしょだったんだけど、役割というものに気付けば、あとは勝手に引っ張られるものであって、追い求めていくものじゃないというか。
若林 そうですね、だってできるからみんなに頼まれるんでしょう?っていうことですね。村の子供にね、村長をやってくれって言う人はいないでしょう?この人だったらできるっていう素養があるから頼まれているんであって、だから役割は「自分はやるもの」じゃなくて「求められるもの」なんですよね、本当は。
富田 ああ、面白いですね、すごく。今世の中にたくさんある本とかとは真逆のことですよね。
若林 そうなんです、求められるものなんですよね。
富田 例えば自分がやりたいとか、わくわくするっていうのとはどういう関係があるんですかね?
若林 いや、やりたい、したいはいいんですけど、やりたい、したいだけだと幻想まで行けちゃうんですよね。神様になりたいとかね、大統領になりたいって。でもそれを実現するためにはちょっと待って日本は大統領制じゃないぞ、みたいにね、じゃあ他の国にいって、みたいな話になっちゃうんですよね。もちろん自分の現実に持っている能力や状況をわかって、地に足がついた状態でやりたいと思うならならまだわかりますけども、それがわかんない状態でやっちゃうと神様になりたいまでになってしまいますからね。
富田 この辺り、すごく重要ですよね。自分が何々したいとかやりたいんだというのももちろんあるとは思うんだけども、役割っていうのは誰かから役をまさに割り当てられて、あなたが求められている状態、それがほんとうだっていう。
若林 もちろん自分がアクションを取らなきゃ周りは自分がどういう人なんてわからないしね。だからやっぱり周りとの関係性もすごい重要ですよね。勝手に誰かがツカツカ来て、あんたこれができるからやってくれ、ってことはあり得ないですからね。
富田 まさに行動するからこそ、役割を、
若林 そうそう、関係性の中で出てきますからね。だから、独りぼっちでその役割を見つけようなんて難しいですよ。それで自己満足してそれで役割と思いたいならいいんだけど、やっぱり人との関係の中で役に立ってるという、それによってしか幸せ感じないと思う。だって、必ず関わりを持っていくしか生きていけないんだから。
富田 僕も今の仕事とか、やっていることにやる気が出ないと、もっと自分はこういうことができるはずなんじゃないか、違うことができるんじゃないかって言って、目の前の仕事を手を抜く人って信用できないし、絶対役割なんて見つからないと思うんですよね。結局今行動を取るしかないってことですよね。
若林 現実逃避ですよねそれは。今がダメだからいやだ、これができるはずだと思うことで自分を支えようとしちゃってる。でもそれできるかどうか実際にやってみなきゃわかんない、やってから考えるみたいな、だってわかんないんだもん、できるかどうかも。私相当恐ろしいこと言っています?
富田 若林さんがカウンセラーとして温かくインタビューを読む人のことを包み込んでくれると思った人は大間違いでしたね(笑)
若林 鬼のようなやつですね。
富田 でも、そうですよね、当たり前と言っちゃあ当たり前のことなんだけど、すごく大事なこと。
若林 できるかできないかとか、できる可能性があるかとかってやっぱり実際にやってみないと可能性があるかどうかさえもわからない、ある程度はね。しかもそれが自分に向いてるかどうかもわからない。必ず現実的な方法とか、今の現実をベースにやっていかないと自信つかないし、幸せ感も感じない。
富田 ああ、大切ですね、そうか。今この瞬間を一生懸命、今目の前のことを現実に行動を起こさない人っていうのは、幸せも感じられない。
若林 想像の中で、うーんってやっていてもしょうがないでしょう?やっぱり必ず現実っていうのをベースに置きながら、現実自分をベースに置きながら、計画を立てるとかそういうことしていかなきゃしょうがないじゃない?って話ですよね。
富田 先の自分がこうなるんだっていうイメージとか、ビジョンとかを描けってまだ多いじゃないですか?あれも結構、さっきと同じでしょうか?そういう自分、気を付けないといけない。
若林 気を付けないとね、それを信じちゃうからね。描いてもいいんだけど、結局あまりそれにとらわれちゃうと苦しくなってきますからね。だから、究極的には別に計画立てようが立てまいが自分としてはどっちでもいいということなんですよ。自分という存在として立っていられたら、計画がどうあろうが、あとは自分で責任を取るだけなんです、結局は。それをきちんとわかっていれば、別に何をやったってOKみたいなね、あとは責任取れば。でも、それがない状態だと自分の存在意義と計画とかが結び付けすぎちゃってるから、もし失敗したら自分の存在もすべてダメになっちゃうんですよね。なんかよく、ほら、恋愛の話で、彼氏から拒絶されちゃうと、もう自分は生きていけないとかっていうのは、その人の存在そのもの全てを否定されたことになっちゃうでしょ?じゃあ彼氏っていうのはどういう存在なのって話になっちゃうんですよね。彼は国連の職員か何かで、存在価値の世界的な基準があってですね、それに基づいてあなたはダメって指摘されているわけ?みたいなね。そんなわけないでしょ?彼自身の物の見方もあるし、彼のとらえ方もあるしっていう、それが真実かどうかはわからない、彼がそういうふうにとらえたというのは事実かもしれないけど生まれてから彼に出会うまでの間が全て否定されるわけじゃないでしょう?
富田 その辺の線引きっていうのが意外と難しいですけどね。だから、意識してごっちゃになっちゃう人がいるということですよね。
若林 まあ楽しんでやればいいんですけどね、まあ難しいですよね。でも(彼に否定されると)人生そこで終わっちゃうの?終わりたいんですか?って言いたい。いや、終わらせたいの?それとも終わりたいの?みたいなね。というかそれによって何が終わるの?って。
Issue 2につづく!


